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2019/12/1 0:01

左官の歴史・語源や由来・左官の仕事について



皆様、こんにちは。
埼玉県さいたま市を拠点として関東全域で、一般住宅からビル、店舗などの内装左官・外装左官を手掛けている美匠です。

建物の外壁塗装において、その味わい深い仕上がりから近年見直されてきている左官工事ですが、そもそも「左官」という言葉を聞いたことがない方も多くいらっしゃるかと思います。左官には長い歴史があり、時代とともにその技術力を発展させてきました。
そこで今回は、左官の歴史や語源に触れながら、その魅力をご紹介したいと思います。


■縄文時代から存在した「左官」

左官の起源は、古くは縄文時代にまで遡るといわれています。縄文時代では主に竪穴式住居で生活していましたが、その壁の材料となる土を積み上げて土塀を作っていたことが、左官の始まりとなっています。その後の飛鳥時代では、石灰を使用して白塗りの壁の仕上げる技術や細木を使用して壁を作る技術などが生み出され、左官はどんどん発展していきました。

また、安土・桃山時代には、千利休で知られる茶道の分野でも、左官は茶室の建築で貢献していました。さらに江戸時代には、漆喰仕上げが左官によって開発され、江戸のまちで頻発していた火事の抑制へとつながりました。デザイン性でも飛躍的に向上したのがこの頃で、商人の土蔵や町家の装飾施工も請け負うようになりました。左官の技術は芸術的にも高く評価されており、文明開化後に広まった洋風の建築物の装飾にも携わっています。


(江戸時代後期の左官の様子(左)|作・十返舎一九、画・歌川広重「宝船桂帆柱」より|提供:人文学オープンデータ共同利用センター)

このように、左官には長い歴史があり、その都度時代の流れに乗って発展してきました。現在でも新しい素材や工法を取り入れながら、建築業界のあらゆるシーンで活躍しています。


■そもそも、なんで「左官」っていうの?~左官の語源~

建築業種の中で、主に外壁などの塗装を行う職人のことを「左官」と呼びますが、どうして左官と呼ばれるようになったのでしょうか。語源の由来に関しては諸説ありますが、基本的に以下の3つの説が挙げられています。

1.官職として名付けられた
昔は官邸に出入りするためには、何かしらの位が必要でした。そのため、建築において壁塗りに携わる人に対して「左官」という官職を名付け、その名前が現在でも使用されているという説です。

2.大工を右官と呼んでいたから
建築において、骨組みを作る大工のことを「右官」と呼んでいたことから、それに対して壁塗りの職人を「左官」と呼ぶようになったという説です。ただし、大工のことを右官と呼んでいたという事実は文献などで確認されておらず、あくまで俗説の一つとなっています。

3.平安時代の階級の名残
平安時代から「木工寮(もくりょう)」という建築に関する組織があり、現在でも宮内省に属する機関として存在しています。木工寮は主に宮廷の建築に関するあらゆることを引き受けていますが、その組織内には階級があります。その中で、壁塗り職人には「属(そうかん)」という階級が与えられており、それが訛って「さかん」と呼ばれるようになったという説です。現在では、この説が最も有力ではないかと捉えられています。


(引用:明治時代初期の左官の様子|歌川国輝「衣喰住之内家職幼絵解之図」|実業史錦絵絵引 渋沢栄一記念財団HPより)


■現代の「左官職人」が行う工事とは?

現代における左官職人が行う工事は、主に新築や増築における壁床塗りです。最近では、古い建造物の補修作業としての需要も高まっています。建築物の外壁にはそれぞれ耐用年数があり、時間が経つに従ってどんどん傷んでいってしまいます。壁の傷みがひどくなると、雨漏りや腐食を引き起こし、最悪の場合は、建物の柱や梁といった骨組みにまで影響を及ぼしかねません。

建物を長期間保持するためには外壁の塗り直りは必要不可欠な作業で、左官職人による外壁塗装は建物にとって欠かすことができません。後継者不足が問題視されていますが、左官職人、そして左官技術に対する需要はどんどん高くなってきています。




■まとめ

左官は古くから日本に伝わる伝統的な工事で、高い技術力で町人から尊敬を集めていました。職人の腕によって生み出される外壁の表情は唯一無二で、芸術性が高く味わい深い仕上がりになるのが特徴です。

美匠では一般住宅はもちろん、ビルや店舗など商業施設の左官工事も数多く手掛けております。
左官の施工をご検討の方、ゼネコンからハウスメーカー、工務店の方も、ぜひお気軽にご相談ください!

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TEL. 048-642-5506